退院して

退院してからしばらくの間は会社に一時間ほど顔を出す。
みんな安堵の表情を浮かべてくれる。

なるべく早く生活ペースを作るため、毎日外出することにする。
今後の方針は、あまり制限を設けない、代わりに。
量的なものをコントロールしようと考えている。
食べ物で言えば、塩分、脂分を無くすのでは減らす、、
仕事にしても、質よりも量を減らす。範囲は制限しない。
そんな方針で臨ん臨みたい。


ここのところ毎日出かけているので、色んなものを買い込んでしまう。
ピルケース(今薬をたくさんもらっているので)
ジーンズ
靴下

などなど。。。。
タバコを辞めてその代わりに買い物癖がついた(?)

写真は先日妻と行ったららぽーと横浜
最近は二人で外出なんてほとんどなかったな。

お腹空いたので、健康によさそうってことで
自然茶房(じねんさぼうって読みます)の
辛味納豆そばを食べる。
少し値段ははるけど、おいしかった。
ららぽーとはブッフェスタイルの店が多いので。。
今、量的規制をしている私向きではないな、入院前ならすごく好きだったのに。

※シーンズはいつもよりワンサイズ下のものになった。。。ちょっとうれしいかも。


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# by tezguitar | 2007-06-24 14:58 | 人生

入院


集中治療室に入れられる。
元気だけど絶対安静、、その日の夜と翌朝の食事は無し。

お昼になってやっと、重湯など、流動食が出される。
でも、安静なので自分では食べられない。

新米の看護師さんが食べさせてくれる(まるで子供に帰ったよう)。
ここでの新米さんとベテランさんのペアは本当によく面倒をみてくれた
感謝に感謝。看護師さんて大変だな??と思いつつ。。。

重湯の次はお粥、ご飯粒をみたとき、口にしたときは感動。。
さらにお粥がご飯になったときも感動。ああ生きてるな?って。

集中治療室も三日間で卒業させてもらい、一般病棟へ。。。
看護師のみなさんには本当によくしてもらったので、
寂しい気持ちと解放された気持ちが折り重なりながらも。

もう、この時点ではかなり元気。。。
日ごとにレベルアップ、最初は室内OK
次は、一人でトイレOK,次は病棟内徒歩OK。
リハビリを負荷試験を繰り返し、OKならどんどん行動がバージョンアップ
でも、退院前のカテーテル検査が辛かった。
今度は腕から通して、検査だけなので、すぐ済むはずだったのが
結局1時間、心臓への負荷試験、これは辛かった。
気持ち悪かった。
それと造影剤、、これが撒かれると体が熱くなる。
大変だった。

でもね、結果は合格。
一般病棟も一週間でクリア。。。
そして、合計入院10日間で退院。
はじめてづくしだったけど。
先生たち、看護師さんたち、みんな元気でやさしくて
入院のイメージがだいぶ変わりました。
人生のいろんなことも出会いなんだな?って感じた。

残念だったのは入院の翌日のstb139に行けなかったこと
その翌日の難波さんの30周年にも行けなかった。
その週は11からずっと予定がいっぱいだった。
でも、それらがあったらいつか自分がつぶれていたと
思うと、残念だけど休めて良かったのかも。

退院直後の自分は、
体重:3kg減量
血圧:正常
タバコ;禁煙のため、喉、肺好調。
入院前よりも健康的?
ちょっぴりハートに傷を残す以外は。。。

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# by tezguitar | 2007-06-12 10:53 | 人生

そして手術へ

救急車が到着すると即ERに回される、そこには当直の医師や看護師が数名。
見るからに皆若い、、大丈夫かな。。。と少し心配になる。
でも若いけど、ハキハキしてチームワークもよさそうに思える。

色々質問をウケる、過去の病歴や、入院するまでの経緯など。
そうこうしていると、もう一名、これも若い先生が現れる。

これから、行うことの説明が始まる、
心筋梗塞が濃厚なのでカテーテルによる検査をする。
もしそこで不具合を発見した場合にはそのまま治療します
とのこと。。。

他の先生からは、今日は良い先生が担当してくれてラッキーですね。
と言われる。
ホンマかいな〜〜。
(でも後にほんとうにすごい先生だということがわかる、見た目は30前後で、あまりに普通っぽい)

その時点で身ぐるみはがされ、毛は剃られ。
おしっこの管を入れられ哀れな私は、カテーテル室に連行される。

右側の足の付け根に麻酔をうち、カテーテルを挿入される。
麻酔で痛みは無いものの、管が動いているのはわかるので とっても不快。。。

そして、闇夜の道に明かりをつけるように、造影剤を噴射しながら、カテーテルは動脈内を進む。

なかなか発見出来なかったけど、やっと、ここだというところを発見、完全に詰まっているように見える。

ここでバルーンで血管を広げるときれいに流れが再開する。
拡げたところが再び詰まらぬようステントという金属のメッシュの管を入れる。
これもカテーテル経由での作業なので、ほんとうにリモコンである。

そんなこんなで、この時点では完全に痛みからは解放されていた。
早く終わらないかな、、と思う余裕も出て来た。

施術はおよそ2時間、終わると、そのまま集中治療室へ
カラダは元気だけ、絶対安静。。
ことが心臓だけに絶対安静なのだ。

なまじ元気だと、この安静はつらいものだ。。。
カラダにはカテーテル用の管。点滴2本。
心電図用の線
かなりの数のインターフェースがあり、まるでサイボーグのよう。

さて、これからの入院生活はどうなる。。。


つづく。

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# by tezguitar | 2007-06-11 07:42 | 人生

ここから始める

ブログというものを再開するに当たって、やはり時計を巻き戻す必要がある。
どこまで巻き戻すかというと。

そう、最近の人生で一番大きな出来事。
入院の話になろう。
2007年6月10 日は生涯忘れられない日となろう。

その年の6月はなかなか梅雨入りの気配がなく、少し汗ばむようで、でも湿度がそれほど上がらない気候が続いていた。

6月8日の金曜日。
ある音楽ユニットの打上げ&懇親会に参加した。
渋谷の宮益坂にある居酒屋で飲み会、かなり盛り上がり、「明るい農村」という宮崎の
芋焼酎を飲んでしまう。
これがかなりいける焼酎でロックでグビグビと。。。
帰りの電車でもかなりへべれけとなってしまう。

翌、9日土曜日は、知り合いの息子さんの結婚披露宴が横浜である。
それにしても、二日酔いであるのは間違いない。
でも、遅刻するわけには行かないので、駅まで少し走る。
一日のうちでも一番暑い時間。
電車には間に合うが、とにかく暑くて汗びっしょり、この汗がなんともいえない
生温い汗だった。

そして横浜のホテルにつく頃には汗もひく。
その披露宴でも隣に座った方がお酒好きで、迎え酒とばかりにビールに焼酎。
二人で煙草も吸いまくる。
デザートを食べ終わったあたりで少し気持ち悪い。。。
トイレに行ったあと、会場の外に椅子で休憩。
だいぶ復活する。
そして披露宴もお開き。

帰りはみなとみらい線へ。
菊名に着こうとするあたりで、なんだか変だ。
気持ち悪い&胸骨の下あたりが鈍く痛い。。。
横浜線に乗り換えようとするも。
電車に乗ろうとする気力が沸いてこない。

ベンチに座り何度も電車を乗り過ごす、この間にも気持ち悪い汗が滝のように流れる。

家に電話して最寄りの駅まで迎えにきてもらうことにする。

だいぶ落ち着いたところで電車に乗る。
そして最寄りの駅についてクルマに乗るが、なんだか落ち着かない。
一晩寝ても治らないようなら。近所の救急をやっている病院に行こうと思う。

夜はあまり寝れずに、2時間おきくらいに目が覚める。
それでも朝は来る。
昨夜よりもだいぶいい感じではあるが。半分程度しか痛みが退いていないので
病院に行くとする。
いつもの習慣で、パンとコーヒーを飲み、煙草を一服して出かける。
あとで、このことを詰られることにもなる。。

病院に行くと、検査を始める。
血液検査、超音波検査、心電図、色々やるが原因が掴めない。
超音波でかなり核心にせまるが、なかなか裏がとれないのだという。
そのうちに、血液検査の詳細な結果が届く。
心臓の筋肉が苦しんで出すという酵素が出ているらしい。
ここで「急性心筋梗塞」の診断が出させる。
その時点で救急車で専門の大学病院に搬送されることになる。
妻が駆けつける。
一緒に救急車に乗る。
生まれて初めて救急車に乗る。
苦しいですかと尋ねられるが、何故かその頃には痛みが退いていた。

大学病院に着くと、薬を飲まされ、身ぐるみはがれ
カテーテル室に運ばれる。
その頃にはほとんど無抵抗になっていた。

以下続く。

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# by tezguitar | 2007-06-10 22:45 | 人生